恥じらいよこんにちは

作:微えろP

■ 

「ただいま……と。あれ?誰もいないぞ。珍しいな……」 
「そうですね。社長は社長室にいるとしても、小鳥さんが不在なんて」 

午前中にドラマ出演の仕事を終えた二人が一旦事務所に戻ってくるも、そこには誰もいなかった。 
都心の真ん中に聳え立つ、大きな新社屋……もはや地域名物となりつつある、765プロの自社ビルである。 
一人のプロデューサーを迎えてからと言うもの、めざましい業績を上げ、超が付くほどの 
メジャーアイドルを立て続けに世に送り出した結果の一部がこの建物…… 
しかしながら、受付嬢や掃除のおばさん、警備員などを雇い入れるも、所属アイドルや 
プロデューサーはいつもと変わらぬ少数精鋭というから、世の中は分からない。 
無論、設備の充足を計ったりはしているし、このビルのフロアの3分の2ほどはテナントとして貸し出しているため、 
広さを持て余すと言う事も無く、住めば都と言う諺どおり、それなりにこの事務所にも皆慣れてきていた。 

その稼ぎの大部分を担っているのが、このプロデューサーの隣にいる、端整な顔立ちの少女、如月千早。 
すでに100万枚のCDリリース記録を持ち、今や押しも押されぬトップアイドル。 
彼女の歌は老若男女を問わず人を虜にさせ、出演する番組に確実に数値(視聴率)をもたらす金の卵…… 
まだ若くにして【歌姫】という呼称が違和感なく感じられるほどの逸材へと成長していた。 

「この後は、16時から歌番組に出演だけど……その前に取材が2本入ってる。 
こっちの忙しさを考慮してもらってるから、TV局の楽屋内まで記者さんが来てくれるそうだ。 
だから、30分ほど休んだら次のTV局へ向けて出発な。今のうちに20分くらい寝ておく?」 
「いいえ……その必要はありません」 
「え……おいおい、原因の俺が言うのもなんだが、最近けっこう過密なスケジュール組んでるんだぞ。 
寝れるなら少しでも寝ておいた方がいいって」 
「寝るのは……ちょっと勿体無いと思い……ます、その……20分でも、自由な時間なら……」 


プロデューサーと一緒にいたい。 


彼女の顔は、そう言っていた。共に苦境を潜り抜け、揺るぎない頂点を極めた二人の心は、 
信頼という絆と、もう一つ……自然に、乙女としてのある感情が芽生えていた。 
時にはプロデューサーに甘えたりという、以前では絶対に見ることのなかった表情がそれを証明している。 
業界内では禁忌と言われながらも、彼はそんな千早の気持ちを【俺はプロデューサーだから】 
という立場上の理由で無下に出来るはずも無く、実質的な関係こそ無いものの、 
事務所内では二人の仲を皆が日常的に冷やかすような風景が普通になっていた。 

「そ、そうか……じゃ、二人でゆっくりするために珈琲でも淹れるよ。千早は座ってまったりしててくれ」 
「はい……ありがとうございます、プロデューサー」 
アイドルだから、という訳ではないが、765プロの連中はかなり舌の肥えた部類に入る。 
それが、飲み物にいたっては尚更顕著だった。 

まず、珈琲なら小鳥。社長が絶賛する彼女の淹れるブラックコーヒーは、豆の管理と淹れ方のタイミングが 
完璧であるため、コーヒー特有の嫌味な苦さやえぐい酸味が全く無く、味の濃さに反して全然濁りも無く、 
ブラックの状態で甘みを感じるという、そこらの珈琲専門店でも出せないほどの腕前だ。 
さらには手間ひまかけて豆を挽くところからはじめるため、珈琲の良い香りが事務所中に漂い、 
人を幸せな気持ちにさせてくれる。 
昔の千早なら、【珈琲は喉にあまり良くないですから】と、決して飲もうとしなかったが…… 
プロデューサーのおかげで、今は嗜む程度には飲めるようになっていたし、 
本当に美味しい珈琲を知ることで、貴重な経験を仕事に転化できるほどの柔軟な心を持っていた。 

次に、日本茶は言わずと知れた雪歩。 
彼女のお茶も趣味で研究されるレベルをもはや超えており、そこらの自販機レベルのものでは歯が立たない。 
もともと着物を普段から着慣れている彼女の実家。当然茶道の経験もあり、お茶を淹れる動作は 
普段の危なっかしい姿をまるで感じさせないほどに優雅で、無駄が全く無い洗練されたものだった。 
茶葉の量と温度、お湯を入れて蒸らすタイミング……と、どれもほぼ完成されており、 
さらには素材として持ってくる茶葉のレベルが、100グラムで4桁を越える事がほとんど。 
一度、50グラムで10,000円を越える茶葉を使ったときの765プロ全員の驚きっぷりは記憶に新しく、 
律子を以て【グルメ番組に出るときは、その表情を忘れずに!!】と言わしめた破壊力を誇る。 

最後に紅茶は春香と伊織。 
春香は、ケーキのお供にと日常的に紅茶を淹れており、プロ並とは言わないまでも普通以上に美味い。 
そして伊織……正確には彼女つきの執事、新堂さんなのだが、彼の紅茶はプロ級以上の味を誇る。 
薔薇の花咲くバルコニーで優雅にティータイム、というベタなセレブ丸出しの光景だが、 
それが違和感なく似合う伊織のために淹れられた紅茶の味も、また本物だった。 

そんな環境下で、なおかつ芸能界という場所にいるのだから、過密なスケジュールと厳しいレッスンを 
代償に、普段から味わう食べ物も一般市民とはレベルが違ってくる。 
別に好きこのんで贅沢をしたいわけではないが、手間と予算とスケジュール上最適な選択をすると、 
必然的にこのような結果になるのが芸能界というもののようだった。 

……もっとも約一名、どんなものでも美味しく食べられる健気な少女もいるのだが。 

■ 

プロデューサーも、事務作業時は小鳥の珈琲に助けられる事が多く、彼女には及ばないものの、 
それなりに美味しく淹れる方法も学んでいた。 
ネルドリップでこそないものの、手動のミルで豆を挽き、ペーパーフィルターにそれを入れる。 
そして、量と温度をきっちり計ってから、一定の勢いでドリッパーに湯を注ぐと、 
たちまちのうちに珈琲特有のいい香りが事務所に広がった。 

珈琲といえば眠気覚ましや興奮剤の元であるカフェインを連想させるが、この香りは不思議と 
気持ちを穏やかにしてくれる。 
人間、理屈のみで物事は計れない。今の千早はそんな事にも気が付くほどの余裕ができていた。 
「よし、出来上がり……ミルクはいらないよな?」 
「ええ。ブラックでも普通に飲めますからね、765プロの珈琲は。小鳥さんに感謝しないと。それに……」 

マグカップに顔を近づけながら、一旦会話の間を空ける。 
今から自分が言う発言に対して、ちょっとした覚悟を決めるためだ。 
「昔の私は……珈琲なんてプロの歌手が飲むものではありません、なんて言って突っぱねていたから…… 
色々な事に気付かせてくれて、結果的には私の歌の世界を広げてくれた…… 
そんなプロデューサーに、感謝せずにはいられません。わたしが珈琲を好きになれたのも、 
音無さんのおかげ以上に、プロデューサーのおかげでもあるんです」 

琥珀色の波紋がマグカップの中で揺れながら、千早の穏やかな表情を映し出す。 
そこにいたのは【歌姫】の名で世間に轟くトップアイドルの姿ではなく、 
幸せに満ちた、普通の女の子の……素朴ではありながらもこの世に二つとない笑顔だった。 
「美味しい……です」 
「そ、そうか……ありがとう。小鳥さんの鬼コーチングを受けた甲斐があったよ。 
なにせ、あの穏やかな小鳥さんが珈琲の事となると目の色変えて怒るからなぁ……」 
「普段の様子からは、想像できませんね」 
「でも、真剣だったよ。【そんな淹れ方、せっかくの豆が可哀想でしょっ!!】って勢いで。 
あ、でも……一番うるさく言われたのは、温度や淹れ方じゃなかったな。 
俺が千早に言ったのと、似てるよ……技術や素材も大事だけど、一番大事なのは……」 

「飲んでくれる人の事を考える。……ですか?」 
「そそそそそ」 
くいっと大きくカップを傾け、胃に珈琲を流し込むと、プロデューサーは話しはじめた。 
「偉そうな事を言っておきながら、俺も自分の事になるとそんなもんさ。 
だから、小鳥さんから合格をもらえるまでは何度もやり直して、最後には……」 
「………」 
「千早のことを考えた。あの千早が美味しく飲んでくれる珈琲って、どんなんだろう?って」 
「なっ……!?」 

プロデューサーへの感謝を示すために、躊躇いながらも勇気を出した千早だが、 
それ以上の気持ちをそのままプロデューサーから不意に返されたため、瞬時に心臓の鼓動が加速する。 
プロデューサーの笑顔に、一瞬で耳まで真っ赤になった千早は今までの疲れを思い出したように 
手元が危なっかしくなり…… 

「あ……きゃっ!?」 
手を滑らせ、まだ熱の残る珈琲を膝元にこぼしてしまった。 

「千早!?」 
プロデューサーの行動は素早く、席を立つとまずはティッシュを数枚引き抜き、千早の革パンツに当てた。 
同時にカップの様子を見るが、千早の膝にバウンドしてから落ちたため、割れてはいない。 
破片で大怪我、という一番のリスクが回避されたことを確認したプロデューサーは、 
ただちに次の優先事項……千早の火傷を回避する方向へと動いていた。 

「千早……脱いで!」 
「え……ええぇぇっ!?」 
「早く!!火傷したら取り返しのつかないことになるぞ」 
千早の身体を気遣うプロデューサーの目はまっすぐで、こんな緊急時には邪心の欠片も無い。 
そんな彼を見ていると、男性の目の前で服を脱ぐ……しかも下着を見られると言う事に、 
思いっきり戸惑いはあったものの、その真剣な目には抗えず、ベルトを外して革パンツを脱ぎにかかった。 

(あ、あぁ……どうしよう。ベルトが上手く外れない……) 
人間、慌てると何事も上手くいかないもので、それはクールを売りにする千早でも同様だった。 
火傷も心配だが、プロデューサーが見ているという事実のほうが彼女にとってプレッシャーであり、 
珈琲の熱さよりも自分の身体から発する熱の方が熱いと感じるほどだった。 
そんな彼女の動揺っぷりだけは察したのだろう。プロデューサーはティッシュを当てて水分を取ると、 
「千早、すまん!!動かないでくれ」 
と、言うと同時に彼女の腰に手を回し、素早くベルトを外して革パンツのボタンを取った。 

「そのままさっきの椅子に腰掛けて!!」 
「あ、は、はいっ……きゃああぁ!?」 
何が起こっているかは全然把握できないほどの事態だった。 
そのままプロデューサーは千早の革パンツを膝まで下ろし、珈琲のかかった場所を確認する。 
そして、今度はウェットティッシュを当てて患部を冷やしにかかった。 

(や、やだ……ショーツ、見えちゃってる……どうしようぅ……今日、どんなのはいてたっけ……) 
千早は自らの感覚で火傷が大した事が無いのを知っている分、注意の先は下着を見られるという一点だった。 
こんな非常事態とはいえ、自分が想いを寄せる男性に、生の下着を見られているというのだから、 
意識しないほうがどうかしている。 
が、千早の怪我の程度を確認するまではそうはいかないのがプロデューサーというもので、 

「うん……あまり腫れてはいないし、大丈夫そうだな。でも、これは洗わないと……」 
「え……あ、あのっ……プロデューサー?あ、、ちょ……やあっ……」 
椅子に腰掛けた状態で膝まで革パンツを下ろしていたため、あっさりと脱がされてしまう。 
たまらず下着を両手で隠すが、プロデューサーはそんな千早を一瞬気にしたものの、 
すぐに仕事の顔に戻っていた。 

「とりあえず大事には至らなそうだけど……念のため濡らしたタオルを当てておくんだ。 
俺はシミになる前にこれを洗ってくるから!!」 
「あの、プロデューサー……待っ」 
「大丈夫!!次の仕事までには間に合わせる。すまんがその間これで我慢してくれ」 

プロデューサーは、スーツの上着を千早に預けるとそのまま部屋を出て行った。 
愚直なまでに仕事と……そして自分のみを一番に案じてくれるプロデューサーに感謝しつつも、 
千早はいつもの普段着から革パンツのみを脱がされた格好で立ち尽くしていることに気が付いた。 
「や、やだ……なんて恥ずかしい格好……」 

プロデューサーが出て行ったことで幾分か冷静になった千早は、あらためて自分の姿を省みた。 
シャツの裾がある程度下半身を隠してはいるものの、大事なところを覆う純白のショーツが覗いている。 
上に来ているのが薄い青系統の色であるため、ほんのりと赤みを帯びた太腿と、 
白い下着のコントラストが眩しく、健康な男子が見たら嫌が応にもその逆三角形の部分に目が行ってしまう。 
腹筋及び下半身は鍛えに鍛えているため、マラソンランナーのように無駄な肉が無く、 
その反面、鍛えようが無い股間のふくらみは強調されている。 
女性らしい肉体を持つあずさ、美希たちに比べると、全体的なセクシーさでは及ばないにしても、 
そのアンバランスに可愛らしくふくらんだ股間の色気は、彼女らに決して真似できない部分を持っているため、 
それはそれで充分に男達を狂わせるほどの魅力を持っていた。 

実は千早の写真集の中で一番ネットに上げられているのは、胸を強調した写真ではなく、 
スリムな身体から時折覗く、引き締まっていながらも柔らかそうなお尻と、 
痩せているからこそ余計に目立つ股間のふくらみが見えるような写真だった。 

自分の写真で男性がアレやナニな事をするなんて考えた事も無かった千早だが、 
ひたすらに歌に打ち込む本人には、そんな事を考えるような暇も無かったらしい。 
プロデューサーが渡してくれた上着を腰に巻き、一応下着は隠す事が出来た。 
誰もいない事務所だが、几帳面な性格の千早は、人目に関わらずプライベートな空間以外で 
はしたない格好は出来なかったようだ。 


とりあえずはプロデューサーの言うとおり、タオルを濡らして珈琲をかぶった太腿に当てるが、 
本当に一瞬熱かっただけで、火傷には至っていないことを確認して千早は一安心した。 
「プロデューサーの上着……大きいなぁ」 
腰に巻いたスーツを見て、あらためてプロデューサーの背中の広さがわかる。 
夏仕様のクールビズジャケットでありながら、ほんの少し、汗のにおいとプロデューサー自身のにおい。 
さらには毎日走り回っているためか、アイロンも不十分でかなりしわが出来てしまっている。 
以前の千早なら【不潔】と一蹴していたものの、今はその汗が彼の努力の勲章にも思えるほど、 
共に苦楽を抜けてきた二人の絆は、やはり深かった。 

そういえば何時だっただろうか?この匂いを嫌いじゃないと思えた時は。 
シングル100万枚リリースに届くあたりで受けたオーディションに合格した時、 
エントリーしたアイドルである千早よりも、プロデューサーの方がはしゃいでいた気がする。 
大の大人が、血相を変えて、思いっきり抱きしめられて…… 

「そう……あの匂いだわ。しかもその後、脇をかかえて高く持ち上げられて、 
子供に【たかいたかい】をするような状態で、くるくると中を回ったっけ…… 
あまりに恥ずかしかったけど、後で嬉しさがこみ上げてきて、私も泣いちゃったんだ。 
あのときの匂い……ね」 

いつの間にか千早はスカート代わりに巻いた上着を外し、抱きしめるように匂いをかいでいた。 
やはり、おせじにもいい匂いとはいいがたいが、彼の優しさとひたむきさを思い出させてくれる匂いだった。 
「プロデュサー……」 
一人、幸せな世界を満喫する千早だったが……その幸せは二人の小悪魔によって打ち破られる事になる。 


■ 


エアコンを【ドライ】に設定した衣裳部屋…… 
765プロの誇る自社ビルはあらゆる設備が充実しており、衣裳部屋という昔は考えられない 
レベルの部屋が存在している事が、今の765プロの凄さを示している。 
が、そのゴージャスさとは裏腹に、割烹着を着て千早の革パンツのシミを抜き、 
生地が傷まないように注意深くドライヤーをかけるプロデューサーの姿があった。 

「慣れたもんだよなぁ………もう。春香がこけた時、衣装の破れたのを繕ったり、 
亜美真美が雨の中はしゃぎまわって、ずぶ濡れになったのを乾かしたり、 
あずささんが歌の途中で胸元のボタンがはじけた時はマジで焦ったっけ……」 
男として、割烹着を着て裁縫をしている姿が似合うというのはちょっとどうかと思うが、 
765プロを背負って立つ、彼女達のためだと思うと不思議と嫌な気はしない。 
「それにしても、革素材は難しいよなぁ……乱暴に扱うと一箇所だけ痛んでしまうし。 
革パンツのデフォルトカラーが茶色である事が唯一、不幸中の幸いだったな。 
白だったらシミ抜きから乾燥まで、とても間に合わない」 

革素材というものは風通しが悪く、汗かきの人なら夏場は着れたものではない。 
細身で比較的汗をかかない千早だからこそ許される服装だった。 
しかしながら、この服装ではどうしてもうっすらとかいた汗が篭るらしく、 
生地を洗いながらも千早の腰にあたる部分に、ほんのりと千早の匂いが残っていた。 

「……いかんいかん、何を考えているんだ俺は!!仕事仕事」 

服の問題がある程度解決すると、逆に今まで優先されていなかった記憶が急速に脳を支配する。 
非常事態だったとはいえ、人が人ならセクハラで訴えられてもおかしくない行為…… 
戸惑い、恥じらう千早を前に、【半ば無理やりに服を脱がせてしまった】これは事実。 
「結局、休憩どころか千早に悪い事したな……これを乾かしたら、ちゃんと謝ろう」 

そんな事を考えながらも、彼の脳内には革パンツを脱がされて前を隠す千早の様子が映っていた。 
一瞬だが、彼の男性としてのカメラとメモリーは、忠実に仕事をこなしていた。 
「……………白、だったな……いや待て、暗いところから一瞬明るくなったから、 
ライトグレーという気もする……いやいや、ナイロン地の光沢が反射しただけで、やっぱり白……」 
記憶をさかのぼっての緻密な計算が、無意識下で繰り返されていた。 
そんなエネルギーが在るべき方向に向かえば、社会の役に立つのに……というのは皆考えることだが、 
人間というものは種の保存……すなわち性について最適化されるよう遺伝子が組まれているので 
彼の行動を誰も責められないであろう。 

衣裳部屋に入ってから、もう10分。 
千早の革パンツは、半分以上乾きかけていた。 


■ 

プロデューサーの上着をぎゅっと抱きしめてから、すでに5分以上…… 
人間、楽しいことは時間が早く過ぎるというが、今現在の千早は歌に没頭している時と同様であり、 
多少の足音など聞こえるべくも無かった。 
例えそれが二人分の、騒がしい声にまみれた足音でも。 


「おっはー!!今日もやってるかニ!?」 
「はよーん、兄ちゃーん!!ママの田舎からおみやげ持ってきたYO♪……あれ?」 

20畳を越えるスペースには、細くて華奢な女性の後姿…… 
長い付き合いの成せる業か、それが瞬時に千早だと判断するも、ほんの一瞬で 
二人はいつもと違うという違和感を発見する。 
そして、子供特有の優れたセンサーは0.4秒足らずで千早の下半身に焦点をロックオンさせた。 

「千早おねーちゃーん!!ぱんつ丸見えでナニやってんのー!?」 
「あ!!しかも兄ちゃんの服、持ってるよ!?わらしべ長者プレイ?」 

「え……あ、亜美と真美……って、え、ええぇえぇっ!?……や、やだっ……」 
ようやくその存在に気づき、慌てて前を隠すが時すでに遅し。 
出社してから一番のネタを見抜いた二人は、徹底して千早の下着を肴にする構えの目をしていた。 

「あのっ……これは、違うの!!珈琲がこぼれて、プロデューサーを洗濯に……じゃなくて!? 
その……とにかく事故!!事故だから別にプロデューサーとヘンなことなんてっ……」 
「……つまり、兄ちゃんいないの?千早おねーちゃんのズボンを持っていって」 
「そう、そうなの!!分かってくれた?」 

「ってことは……ほーちプレイだ!!ぱんついっちょで社内に置き去りだー!!凄いね亜美?」 
「凄いよ真美!!千早おねーちゃんは今、プレイを楽しんでいる真っ最中だったんだ!!」 
「あの、人の話を……」 
「要するに、こう言う事だね千早おねーちゃん!!」 
亜美が、持ってきた紙袋から何かを取り出し、実演に入った。 


「千早……俺、もう我慢できないよ!!実は俺、おっぱいよりお尻マニアなんだっ……」 
亜美が紙袋から白桃を取り出し、茶色い包装紙を破り捨てた。 
どうやら家から765プロへと母親からおみやげを持たされたのだろうと思われるが、 
それを瞬時に千早のお尻に見立ててショートコントに転じる様は、十二分に芸能人としての素質を感じる。 

茶色の包装紙は乱暴に破り捨てられ、白いネットに包まれた果実が事務所の蛍光灯に反射して、 
もぎたての宝石を表すかのように光っていた。 
その一連の様子が下手にリアルなものだから、千早もさっきの出来事を思い出し、顔中が真っ赤になる。 
それが肯定と取られたらしく、二人はさらにヒートアップして、珍しく慌てる千早を攻め立てた。 

「かわいい白だね……気に行っちゃったよオレ!!」 
「いやぁん!!プロデューサーのえっちぃー!?あふぅん、だめぇー♪」 

亜美がプロデューサー、真美が千早の役どころとなって妄想ドラマを展開させているが、 
当然忠実に描写しているわけではなく、千早の役どころはかなりベタな感じだった。 
それでも、白い防護ネットを外して桃の実を取り出す描写はやけにリアルで、 
さっき咄嗟に革パンツを脱がされてしまった時、下着も取られたら……という千早の想像にヒットした。 

「うーん、引き締まったお尻……白いぱんつが良く似合う、ブラボーだ千早!!」 
「あぁん♪プロデューサー、およしになってぇ〜ん!!」 
「うはははは、まぁ良いではないか良いではないか減るモンじゃないし!!アレだぞほら、 
オレの一存で候補生から特待生にしてあげられるんだけどなぁ♪」 
「兄……じゃなくて、プロデューサー……酷いですっ、あなたがそんな人だったなんて!?」 
「はっはっはっ、なぁに悪いようにはしないさ!!オレは最大手事務所の社長なんだ。 
今まで何人もデビューさせて、大成功しているんだYO!!」 

……どうも、微妙にどこかの事件と絡めているらしいが、演じている本人も実は分かっていない。 
せっかくお土産に持たされた桃の皮を剥いて、亜美真美自身で食べてしまっているが、 
それも二人にとっては些細なことだったらしく、一口づつ舐めたりかぶりついたりしては 
千早のお尻をヘンな感じで褒め称え、千早を羞恥のスパイラルに陥れていった。 

「ぷはぁ……美味しかった、ごちそうさま」 
「じゃ、今度はほーちプレイに見立ててもう一回……」 

真美が、2個目の桃を取り出したときだった。 
千早の思考回路が、ぷちんと音を立てて切れたのは。 
二人に覆いかぶさる一つの影。それは今までに見たことも無い負のオーラを纏って、 
見上げた亜美、真美を本能的に【ヤバい!?】と思わせる空気と同時に二人に迫っていた…… 


■ 

広い廊下に響く靴音。 
事務所というより、自社ビルがコレだけ広いと移動にも一苦労。 
なんとか時間ギリギリに服を乾かし、千早の待つ事務室へと急いだプロデューサーだが、 
彼も急ぐあまりにそこで繰り広げられている騒ぎに、今ひとつ注意が行かなかったらしい。 
何の疑いも無い表情で部屋の認証キーを開け、 

『千早、お待たせ!!ちゃんと乾いたよ』 

そう言って部屋の中を見渡すが……目に付いたのは散乱した書類やら事務用品やら。 
一瞬強盗でも入ったかとヒヤリとするが、散らかっているだけでモノが無くなっているわけではない。 
ようやく人物らしい影を発見し、彼が慌ててそこに駆け寄ると…… 

「うおっ!?千早……それに、亜美真美も」 
「あ……プロデューサー……」 

亜美、真美の二人を追いかけっこの末捕まえて、二人同時に組み敷いている千早の図。 
この世の地獄を見たという表情で、火の付いたように泣いている二人。 
相当はげしいデッドヒートだったらしく、着衣は乱れ、二人に馬乗りになっている千早は 
お尻を高く上げているような格好を、後ろからプロデューサーに見られていた。 

「……!?」 
あまりに扇情的かつ、普段の千早が絶対に見せない光景に、咄嗟に真っ赤になり目をそむけるプロデューサー。 
その様子を見て、千早自身も自分がどんな格好でいるかを思い出したらしく、 
運動による紅潮ではなく、羞恥による紅潮に顔色が一瞬に切り替わった。 

なにしろ、白いショーツ一枚を通して、お尻から大事な部分をプロデューサーに突き出すような、 
まるで【何か】をおねだりするような、はしたない格好を見られてしまったのだから。 
引き締まった下半身に反比例して、鍛えようの無いあそこのふくらみは強調されて大きく目立ち、 
押しも押されぬトップアイドルが、コラージュとかでは無しに風俗情報誌丸出しのポーズで、 
白い下着越しではあるが、女の子として一番恥ずかしいところをプロデューサーに向けて突き出している。 

下品極まりないがどうしようもなく美しく、乱れた服や髪も手伝って、 
途方も無い破壊力を伴ってその光景はプロデューサーの脳裏に一生忘れないほどのインパクトを刻み込んだ。 
年甲斐も無く、そむけた顔から鼻血が垂れてしまったほどに。 

「あ、あ……あぁ……っ」 
付き合いの長い彼でも、いまだかつてこれほどまでに慌てふためく千早は見た事が無かった。 
勿論彼女の精神も心配だが、それ以上に恋する乙女の恥じらう表情と言っていいのか、 
羞恥にまみれた中に、最高の魅力を発見してしまった彼は、今後どうやって次の目標である、 
【トップアイドル如月千早、ミュージッククリップ(水着撮影コミ)】を演出するかを考えてしまっていた。 

それとほぼ、同時だっただろうか? 
トップシンガーでもある、千早の腹の底から出た、本気の悲鳴に事務所の高層ビル全体が揺れたのは。 


■ 


「どうしたキミ達……一体何があった…………」 
何か起きているらしいと気づいた社長が事務所に駆け込んで見たものは、 
プロデューサーを交えた想像不能の地獄絵図だった。 

散乱した書類に、倒れたスタンドなどのデスクワーク用品。 
床に寝転んで泣きじゃくる亜美真美。 
革パンツを脱がされ、他の着衣も乱れた状態で泣いている千早。 
そして千早の革パンツを持って、必死に千早をなだめるプロデューサー。 

「……30秒あげよう。この凄惨な状況に至るまでを簡潔に私に説明したまえ。 
出来ない時は、今週末に出るボーナスを10秒オーバーにつき一割づつカットでどうだね?」 
「社長鬼だっ!!大体途中からは俺も良く知らないんですってばー!!」 



……その後、何とか正気を取り戻した千早の説明もあって、彼のボーナスは守られた。 
が、Aランクに上がってもこの調子では、二人の距離が完全に近付くのはまだ先かもしれない。 
どんなに立派な事務所に引っ越しても……プロデューサーの苦労は続く。 
アイドルの笑顔や苦難とともに、恥ずかしい出来事を含めて道は出来るのだ。 

彼がプロデューサーになってから、もう2年……765プロの波乱万丈な歴史は、まだまだ終わらない。 



■END 


上へ

動画 アダルト動画 ライブチャット